被告が河川敷にスマホを埋めた、というニュースが駆け巡り、そうかと思ったら今度は、被告の自白。
これで冤罪のセンは、どうやら消滅したようだ。
それにしても、後味が悪い。
私もそうだが、他にも数多くの人が、『彼はやってない。』と考えていたように思う。
そりゃ確かに、一見して変わり者には違いないが、でも、どうにも悪い人には見えない…。
そんな雰囲気が、彼には漂っているように見えた。
未だに不自然な、釈然としない部分もある。
どうして、警察の尾行にあれだけ脳天気でいられたのか?とか…。
冤罪のプロ・佐藤弁護士も、独自の嗅覚から、「こいつはシロだ。」と確信したんだろう。
それが・・・。
なんというか、ホントやるせない。
でも。
ただ大事なことは、こんなやるせないことがあっても、それでも、「なら、もう今後は安易に人を信じるのはやめよう。」とか、そんな風にはならない自分でいたい、ということだけだ。

弁護士とてそう。
「(プロとして)こんな体裁の悪い、恥ずかしい思いをするなら、もう今後、冤罪事件に首を突っ込むのはよそう。」とか、「それは絶対に違うよ!」と声を大にして言いたい。
冤罪は世の中に必ずある。
今も苦しんでいる人は、たくさんいる。
神ならぬニンゲンがヒトを裁くという、本来ならあってはならぬことを、平気で(イヤ、社会の秩序を維持するため仕方なく…か。)やっているのだから、それは絶対ある。
仮に佐藤弁護士が、この先、他の冤罪事件に関与されたとして、「あーあ、あいつまたはじめよったか。」みたいな風潮になることを、最も危惧するところだ。
その意味でも、今度の被告が、社会に与えた悪しき影響は計り知れない。
性善説でモノを見ることが出来なくなる、そんなムードを日本社会に与えた。
こいつは、これはもう、重罪は免れないでしょうね。
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